○調製についての詳細がないものはお問い合せくださいませ。
○掲載していない装束の調製も御予算に応じて承っております。
○記載しております皆具は参考までにご覧ください。
○言葉使いで不明なものはお気軽にお問い合せください。
○白小袖(白衣)・半襦袢(ひよ)等の下具の価格表はこちら
○他の時代装束の御調製も承っております。
○装束が美しく入る、装束かばんもございます。移動に大変便利です。 神職様が利用されているものです。
○着装で不明な点は納得いただけるまでお電話、資料等でご説明させていただきます。
○部分拡大図等掲載のご要望承ります。
●マークは、新調期間の目安です。
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調進には半年以上を要することがございます。
ご注文いただいた構成具によってはすぐに調進できることもございます。 |
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2,3ヶ月程度はお時間を頂くかもしれません。
すぐに調進できることもございます。 |
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ご注文品によって調進に1ヶ月程度かかる場合がございます。
ある程度余裕を見ていただきたく存じます。 |
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たいていの場合、2週間以内に調進可能です。 |
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2週間以内に調進可能です。 |
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束帯(文官)
律令制以降男子の朝服。
天皇は即位以外の晴れの儀式に、臣下は参朝の時をはじめ大小の公事に必ず着用した正服。武官と帯剣勅許の文官は剣・平緒(ひらお)を着用する。
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<皆具>
垂纓冠、縫腋袍、下襲、
単、衣、大口袴、表袴、
飾太刀 、石帯、平緒、
笏、帖紙、檜扇 、襪、
浅沓或いは靴沓
布袴(ほうこ)
公事ではない儀式、神社の参拝、四方拝のような時に着用された。
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<皆具>
束帯の表袴の代わりに、指貫、(下袴)
衣冠(いかん)
束帯よりも略式の装束。
下襲(したがさね)および石帯(せきたい)を着けず、表袴(うえのはかま)、大口もはかないので裾は引かない。初めは宿装束(とのいしょうぞく)として用いられたが、のち参朝などの時にも着用されるようになった。
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<皆具>
垂纓冠、縫腋袍、(衣*)、指貫 、帖紙、檜扇或は末広扇*(冬)或は蝙蝠扇(夏)
、(襪)、(単、下袴*)(浅沓)
直衣(のうし)
公卿の日常服。位階相当の位色を用いないのを特色とする。
勅許を受けると参内もできたので、地質・色目・文様にも一応の慣習を生じた。冬は表を白、裏は二藍(ふたあい)の重ねとし、夏は裏をつけないので冬の裏の二藍の色を用いた。
下着やはきものは衣冠と同様であるが、日常の略式時には烏帽子を用いた。
唐花丸文直衣
画像をクリックすると直衣・冬の料・夏の料の詳細がご覧になれます。
冬の料
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<皆具>
立烏帽子あるいは垂纓冠、袍、指貫、檜扇あるいは末広*、(衣*)、(帖紙)、(単、下袴*)、(浅沓)
夏の料
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<皆具>
立烏帽子あるいは垂纓冠、袍、指貫、蝙蝠扇、(衣*)、(帖紙)、(単、下袴*)、(浅沓)
小直衣(このうし)
狩衣に襴をつけた晴儀の料。
天皇はほとんど用いず、上皇・親王・大臣・大将以上の料。
参内はできない。
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<皆具>
立烏帽子あるいは風折烏帽子、狩衣、指貫、単、(下袴)、扇
狩衣(かりぎぬ)
古く公家が常用した略服。
近世は有紋の裏打を狩衣、無文の裏無を布衣と呼ぶ。
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<皆具>
立烏帽子あるいは風折烏帽子*、狩衣、、指貫、(単、下袴)、(扇*)
布衣(ほい)
無文の裏無の狩衣。地下一般の料であった。
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<皆具>
風折烏帽子、狩衣、指貫
水干(すいかん)
古くは庶民の常用服であったが、後に公卿の私服、元服前の少年の晴着、摂家・清華家の壮年平常の料として用いられた。
行動の便のよさから武士にも好まれ鎌倉期には礼装とされた。 狩衣とよく似ているが、袴に着込める着用法や菊綴・結紐の存在が特異。
白拍子装束もご参照ください。
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<皆具>
立烏帽子あるいは風折烏帽子、水干、(単*)、水干袴、扇、沓または緒太
指貫(さしぬき)
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浄衣(じょうえ)
狩衣と同形で神事・仏参に際して用いる装束。
白色で無紋である。 通常布製であるが、上皇は生絹を用いた。。
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<皆具>
立烏帽子あるいは風折烏帽子、浄衣、、指貫、(単、下袴*)、(笏)
半尻(はんじり)
狩衣の一種で後身の尻の短いことによって半尻と呼ぶ童装束。
親王以下、 殿上人の子息の料。
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<皆具>
立烏帽子あるいは風折烏帽子、浄衣、、指貫、(単、下袴*)、(笏)
直垂(ひたたれ)
方領(ほうりょう)・闕腋(けってき)の肩衣(かたぎぬ)に袖をつけた衣服。袴と合わせて着用する。
元来は庶民の労働着であったが、平安末期から武士の日常着となり、水干にならって鰭袖(はたそで)・袖括(そでぐくり)・菊綴(きくとじ)が加えられ、鎌倉時代には幕府出仕の公服となり、室町時代には公家も私服とした。江戸時代には袴を長袴として礼服となり式日の所用とされた。
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Choice Order 直垂は
こちらへ
<皆具>
侍烏帽子、直垂、大帷、小袖、小刀、末広、鼻紙袋、緒太(草履)
註)
*衣(きぬ)は、衵(あこめ)ともいわれます。略儀では省略さます。
*単も省略されることがあります。
*下袴は外より見えることのない下着です。実際上、省略による不都合はございません。
*末広扇
扇の橋(ほね)の両面を紙で張り包んで畳むと手元より先が末広がりになる、いわゆる末広扇が生じたのは室町期以後です。
*狩衣の扇について
平安期にはもたなかったようですが檜扇・皆彫骨扇を用い、室町時代からは末広、夏は蝙蝠やぼんぼり扇を使用したようです。
*狩衣のかぶりものについて
上皇と殿上人は立烏帽子を用い上皇は風折も使用できましたが、地下は風折しか使用できませんでした。
*直垂の構成について
徳川時代には次のように分類されていました。
直垂 侍従以上の料 風折烏帽子、白小袖
大紋 諸大夫の料 風折烏帽子、熨斗目小袖
素襖 平士及び陪臣の料 侍烏帽子、素襖、熨斗目小袖
御承知のとおり、現代に継承されている仕立方法は有職故実として伝えられているものとは若干変容されております。考証は当店の力を尽くしておりますので安心してお求めいただけますが、なにぶん平安期の資料がほとんど現存していない事情により、完全性を求めることは不可能でありますことをご了承願いたく存じます。
尚、仕様の詳細につきましては出来る限りご説明申し上げ、お好み・御予算に合わせ随所の仕様変更を承らせていただきます。
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